【マヤラジ】話して、振り返る③~後半~

マヤラジのpart3の後半です。

part3の前半は、こちら▼

後半は、私のゲスト回のテーマ

『限られたルールの中で最大の表現をする』です。

この言葉を聞いて、まず浮かんだのは、教員時代のことでした。

当時、私は理科の教員をしていました。

ぶっちゃけ、黒板を使った授業だけでも、授業は成り立ちます。

でも、暗記させるだけの授業には、どこか疑問を感じていました。

そこで、

「教科書に出てくる実験は、全部やる!」

と目標を決めて、やり通しました。

当時、ほとんどの先生が実験をしていない中でのことでした。

理科は、実験を通して→考察する。

その過程が、知識や理解を深めるために必要不可欠だと感じていたからです。

部活が終わってから授業準備。

準備が終わるのは、22時過ぎ。

それでも、未来を担う子どもたちのために、授業を組み立てていました。

そして、ラジオでもお話した5教科の中から選べる【選択教科】。

その授業では、通常の授業ではできない実験をやりました。

一番印象に残っているのは、スライム作り。

ヤンキーの男の子が、バケツ一杯のスライムを作って水道を詰まらせたこと(笑)

その子には、

「放課後、掃除にきてね。」

と伝えていました。

普段は、ヤンキー仲間5~6人で帰っている子だったので、一人で掃除を覚悟して理科室へ行くと…

その子は、一人で待っていました。

2人でポツポツ話をしながら、ピカピカに水回りを掃除しました。

今となっては、いい思い出です。

少し話が脱線しましたが(笑)

「いろんな制限のある中でどう生きてきたんだろう?」

と考えたとき、

「限られた中で、やれるベストをやってきた」

が私の答えになります。

最近のことで一番に頭に浮かぶのが、コロナ渦。

世界中にさまざまな制限がかかりました。

その頃、私は福岡でサロンを営んでいました。

安心して、お客様にご来店していただくために、何時間も時間をかけてありとあらゆるものを消毒していました。

もちろん、噴射したアルコールを吸うので肺に負担がくるのは、承知の上で。

それでも、毎日毎日続けていました。

そして…今…

年齢も重ね、誰も知らない土地で、いろんな制限はある中で仕事をはじめました。

今ある環境の中で、精一杯やっています。

ラジオで話すことは、ただ過去を振り返るだけでなく、

「私は、こうやって生きてきたんだな」

と、自分自身を知る時間にもなっています。

そんなき気づきのある時間でした。

最後になるpart4は、現在の仕事のお話です。

ラジオは、ここからお聞き下さい▼

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